白い恋人

『白い恋人』

北海道都いえば『白い恋人』ですよね。『白い恋人』は、1976年(昭和51年)12月に発売開始しました。商品名の由来は、ある年の師走に創業者がスキーを楽しんだ帰りに「白い恋人たちが降ってきたよ。」と何気なく言った一言だそうで、これは、紙箱のパッケージ裏面に記載されています。北海道札幌市の菓子メーカー石屋製菓が製造・販売している洋菓子で、商品の色が白いことが北海道の雪景色を連想させることや、北海道限定販売にしたことが功を奏し、出張や旅行の際の土産品として大人気となりました。現在では年間約2億枚を売り上げるまでになり、北海道の土産といえば『白い恋人』という人も多数います。土産品の単品売り上げでは赤福餅(三重県)に次いで全国2位となっています。業界紙がアンケートを基に選んだ「20世紀を代表する土産品」では、2位の辛子明太子を大きく引き離して、『白い恋人』が1位となりました。1986年(昭和61年)には、モンドセレクションにて金賞を受賞しました。ラング・ド・シャでチョコレートを挟んだもので、ホワイトチョコレートを挟んだ「白い恋人ホワイト」と、ミルクチョコレートを挟んだ「白い恋人ブラック」の2種類があります。パッケージは白色と水色を基調としたデザインで、中央に利尻島の利尻山の写真を配しています。

ほっかどー!

石屋製菓

『白い恋人』を製造、販売している石屋製菓株式会社は、北海道札幌市西区宮の沢に本社を置く菓子メーカーです。創業後、駄菓子製造を行っていたが、本州で大量生産された駄菓子が北海道に流入してきたため、路線の転換を余儀なくされ、高級菓子製造へ事業を変更しました。小麦粉、鶏卵、バターなど高級原材料を使用したラング・ド・シャ『白い恋人』のヒットを筆頭に、次々と新製品を生み出しました。チョコレート菓子のヒット商品である『白い恋人』で知られるほか、バウムクーヘンなどの各種菓子、ケーキなども製造販売しています。主力製品である『白い恋人』は「チョコレートがべとつかずに食べられる方法はないだろうか」という石水勲(創業者・石水幸安の長男、のち社長)の発想から、チョコレートをラング・ド・シャで挟んだ商品として開発。石水幸安がネーミングし、包装デザインはレモンアート社、箱のデザインは野崎印刷紙業がそれぞれ担当、1976年(昭和51年)12月に発売されました。チョコレートとラング・ド・シャという2つの素材を注意深く合わせたこだわりが独特な食感と繊細な味を生み、ユニークな商品名も相まってヒット商品となりました。

『白い恋人』ヒットのきっかけ

旅客機の機内食に採用され、観光客を中心に評価を得ました。現在でも、「地元のものは地元に来て買ってもらうことにより、北海道銘菓としての魅力を維持し続けられる」というブランド戦略の下、あくまで販売のベースを北海道に限定し、物産展などを除いて道外での販売は行っていません。ただし成田国際空港制限エリア内の免税店など、一部で販売されています。

賞味期限問題による『白い恋人』販売停止

2007年(平成19年)8月、『白い恋人』の一部商品が賞味期限を改竄して販売されていたとして問題となり、販売停止となりました。そのため、2008年(平成20年)と2009年(平成21年)のコンサドーレ札幌のユニホームは胸が「ニトリ」、背中が「白い恋人」となりました。

『白い恋人』の生産と販売の再開

2007年(平成19年)10月22日、島田俊平社長が記者会見を開き、同年11月15日に製造を再開し、11月22日に販売も再開することを正式に発表しました。同社長は「今後は安全を最優先に販売していく」と述べ、約100日で再び店頭で販売されることになりました。また賞味期限改竄事件の反省により、個別包装ごとの賞味期限の印字や製品検査の徹底が行われるようになり、生産停止を機にチョコレートの製法が改良されました。当初は通常の白い恋人のみの販売でしたが、現在では白い恋人ブラックや白い恋人チョコレートドリンクの製造・販売も再開しています。11月22日に、400店舗で再発売がスタートしましたが、再開を待っていたファンが殺到し、各店舗とも即日完売となりました。以降も品薄の状態が続き、石屋製菓は予定していた他の菓子の生産再開を一時遅らせるなどして対応していました。

コンサドーレ札幌と『白い恋人』

北海道へのプロサッカーチーム誘致活動において、石水勲が主要人物の1人だったことから、コンサドーレ札幌のオフィシャルパートナーとなりました。2000年(平成12年)にはチョコレートファクトリーの隣に天然芝の屋外グラウンド「宮の沢白い恋人サッカー場」を造成。コンサドーレ札幌の練習場や、サテライトリーグの試合開催場所として提供されています。石水は2005年(平成17年)3月25日にコンサドーレ札幌の運営会社である北海道フットボールクラブ (HFC)の代表取締役会長に就任しましたが、その後HFC役員の不祥事(児童買春)の責任を取り、6月16日に代表権のない取締役に退きました。ゲーム実施時にはチョコレートドリンク、アイスキャンディーなどの販売を行っています。また、白い恋人のCMではコンサドーレ札幌を応援するバージョンも放送されています。また、付属設備としてレストラン「おうるず」、コンサドーレ札幌オフィシャルグッズなどを販売しているコレクションハウスなどがあります。

十勝を丸呑みっ!

『白い恋人パーク』

『白い恋人パーク』は、『白い恋人』の製造工場の見学やクッキー作りが楽しめるお菓子作りの体験工房、オリジナルスイーツが味わえるカフェ、コンサドーレ札幌を身近に感じられる総合サッカー施設などからなる夢の施設です。また、2012年4月にはキャンディ・アート専門店「キャンディ・ラボ」が新しくオープンしました。見て、知って、味わって、体験する、楽しさやおいしさがいっぱいです。

『白い恋人パーク』概要

コンサドーレ札幌をテーマにした複合施設である『白い恋人パーク』。『白い恋人パーク』内には、菓子工場で見学も可能であるイシヤチョコレートファクトリーや、イギリステューダー朝期の建築様式の建物を移築したチュダーハウスのほか、コンサドーレ札幌の練習施設である宮の沢『白い恋人』サッカー場も設置されています。主取引銀行は、2007年(平成19年)に社長を派遣した北洋銀行であり、旧北海道拓殖銀行の経営破綻に伴い、主取引行とされました。秋田銀行、みずほ銀行(旧第一勧業銀行)、旧さくら銀行(旧三井銀行)とも大口の取引関係にあり、かつて通信販売での代金振込先として指定されていましたが、現経営体制に移行後には、北洋銀行・三井住友銀行の二行が取引行と会社概要に記載されています。

主な製品

  • 白い恋人
  • 白い恋人チョコレートドリンク
  • 恋人広場
  • 美冬
  • クーベルチュール
  • 貯古令糖
  • クックミー
  • イシヤハードビター
  • テイネショコラ
  • 雪だるまチョコ
  • コンサドーレ札幌 コンサドーレクッキー
  • サポーターズ12
  • パイまんじゅう『クラーク』
白い恋人チョコレートドリンク

北海道のお土産と言えば・・・『白い恋人』のチョコレートドリンクです。北海道の新鮮な牛乳から作られた生クリームをふんだんに使い本格派の飲むチョコレートとして作り上げました。カカオの香りとミルクリッチな味わいは今までに経験したことのない新しい味です。

『白い恋人パーク』沿革

  • 1947年(昭和22年) - 政府委託の澱粉加工業として創業。
  • 1948年(昭和23年) - ドロップス製造開始。
  • 1957年(昭和32年) - 生菓子製造開始。
  • 1959年(昭和34年)10月 - 石屋製菓株式会社を設立。
  • 1976年(昭和51年)12月 - 『白い恋人』を発売。
  • 1995年(平成7年) - イシヤ・チョコレートファクトリー(白い恋人パーク)がオープン。
  • 2000年(平成12年)10月 - 宮の沢白い恋人サッカー場が完成。
  • 2003年(平成15年) - チュダーハウスがオープン。
  • 2007年(平成19年)8月 - 新聞紙上で一部製品の回収を告知。後日の記者会見にて、自社検査により大腸菌群と黄色ブドウ球菌が検出されたと判明。 ほかに、白い恋人の一部に、賞味期限を1ヶ月延ばして販売したものがあることが発覚。
  • 2007年(平成19年)8月24日 - 札幌市保健所が食品衛生法に基づき、衛生面の改善を求める行政処分を行う。
  • 2008年(平成20年) 1月31日 - イシヤ・チョコレートファクトリーの開館を再開。8月1日 - 長年使われてきた、寄り添う2匹の猫をモチーフにしたロゴマークから、青地に白で七稜星を模したマークとアルファベットでISHIYAと書かれたロゴマークに変更された。12月1日 - 長年使われてきた、寄り添う2匹の猫を『プルミ』と『ラムル』と命名。
夏休みは北海道へ行こう!